道化の華

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2013/10/09

FivE5





FivE5 で、初めてタイラさんのトラ見た!




自分のXSにFivE5にあったヴィンテージのシートを置いてみて、シートカウルをフォトショでペイント。
うぅ~ん・・・タンクが小さいけど、それでもいい感じかな?
2012/08/21

屑

以前、福島や福島の方々に対して差別的な言動を生む「空気」についての投稿をした。

もう削除してしまったけれど、それは実は福島に対してのことではかったのかもしれない。

「自分の住んでいる福井に対してこういう言動をしないで欲しい」ということを暗に言いたいがために福島を利用してしまったのかもしれない。



福井という括りで非難されると、弱い自分には無視することができずに、少なからず嫌な気分にってしまう。



大飯原発の再稼動の際に、おおい町への非難に傷つき、おおい町での抗議に対して迷惑だと感じている嶺南の方々がいることを知った。

その時、自分は「嶺南の方の気持ちも考えて欲しい」と思っていた。



自分は震災後に、開沼さんの『「フクシマ」論』に触発されて、福井・嶺南の歴史などを調べていった。

そのうちに、どこか「自分達は被害者だ」という意識が芽生えてしまっていたことは否定できない。

自分は嶺南の人間でもなく、嶺北の人間であるにも関わらず。



嶺南の人間ではないのに、嶺南の方の気持ちを勝手に代弁していた。

佐々木俊尚さんの『「当事者」の時代』で書かれていた「マイノリティ憑依」をしてしまっていた・・・。
2012/07/30
2012/07/24

一筋の光

原発作業者の宿泊激減 旅館活性化へサッカー大会/佐賀のニュース :佐賀新聞の情報サイト ひびの

佐賀県東松浦郡玄海町で14日、福岡、佐賀、長崎3県の小学生のサッカー大会が開幕した。
玄海原発の長期停止で原発作業者の宿泊が激減している旅館の助けになればと、隣町のチーム関係者が宿泊付きの大会を初めて企画、町の旅館組合も食事や料金を工夫して呼応した。
地域の支援を受けながら、「脱原発依存」の取り組みが始まった。


 町には15軒の宿泊施設があるが、宿泊の大半は原発の定期検査に来る技術者たち。これから1年以上定検はなく、今は「宿泊が1日数人というところも少なくない」(小豆朋行・町旅館組合組合長)。
原発関係以外の需要開拓が課題で、スポーツ合宿の誘致などに取り組む予定だった。

 こうした状況を聞いた唐津市肥前町の少年サッカーチーム「肥前FCジュニア」のコーチ寺田香一さん(40)が大会開催を思いつき、5月下旬に、旅館組合に協力を持ちかけた。

 「とてもありがたかった」と小豆組合長。
「このチャンスを何とか形にしたい」と、宿泊料金を通常より2千円安い1泊3550円(2食付き)に抑えて実現した。
収益は期待できないが、「身を切る覚悟で動かないと先に進まない」と5軒が応じた。

 子ども向けの料理を全旅館共通で提供することで食材の調達費を抑え、昼食の弁当は同じように作業者減少で苦しむ地元の仕出し業者に依頼。
宿泊者の需要を見越して、近くのコンビニには営業時間の延長も呼び掛けた。

 大会は14、15、21、22日の4日間で、3県の48チームが参加する。
保護者を含めて千人以上が訪れ、このうち約230人が宿泊する予定。
14日は、選手や監督ら125人が宿泊した。
長崎県の指導者は「旅館の人が笑顔で温かく迎えてくれ、食事も食べきれないくらい。
寝食を共にすることで子どもたちの学びの場にもなる」と喜んだ。

 町の旅館はトイレや風呂の共用が多く、観光客誘致への切り替えは難しい。
需要開拓の一策として考えていたスポーツ合宿誘致に加え、大会誘致という新たな手法で第一歩を踏み出す形になった。

 「玄海町には素晴らしいグラウンドと施設がある。うまく活用すれば、可能性は広がる」と寺田さん。
小豆組合長は「40年近く原発と共存してきたので『脱依存』は簡単ではないが、子どもたちの笑顔が元気をくれる。小さな一歩でも、前を向いて知恵を出そうという気運につなげていきたい」と話す。



「原発立地地域をどうする?」
と考えてきた自分にとってこのニュースには心が躍った!

このニュースが報じられてから1週間経ってこのニュースを知ったんだけど、個人的には全国ニュースで報じて欲しいくらいの良いニュース!

ホント、この手を差し伸べた隣町の方の心意気にぶっ飛ばされた!



「産業転換を」とか、「再生可能エネルギーで立地地域に雇用を」とか言われてもいまいちピンと来てなかった。

でもこのニュースは「原発立地地域をどうする?」と危惧していた自分にヒントを与えてくれた。

ネガティヴに考えてた自分の頭の中の雲に一筋の光が射した!

いや、もうなんだか嬉しくて嬉しくて・・・。
2012/06/14

批判的黒歴史

これは今日会った開沼博さんにも話したこと。


IEからインポートしたブックマークフォルダがずっと残ってる。
その中に「社会」ってフォルダがあって、「原子力」「平和」「日朝韓中」「従軍慰安婦」等の色々なサブフォルダもあった。


いかがわしいなぁ。
5、6年くらい前のフォルダだろうかねぇ。


当時はね、『六ヶ所村ラプソディー』を観たり『STOP ROKKASHO』を知って、 青森出身のコに付け焼刃の知識で核燃料サイクルの無駄さを説いて悦に入ってたりした。
アホ極まりないね。


『嫌韓流』とか読んでネトウヨにかぶれてたときもあった。
アホ極まりないね。


全然地に足が着いてなかった。


なんだろうね、震災後にネット上で反原発の論陣を張ってるっつーか、 <わかり易い悪>を仕立て上げコピペした文章にちょいと非難(批判じゃない)を加えてドヤ顔してるような人を見ると、 自分の黒歴史を見てるみたいなんだよな。


きっと2、3年経つと、その中の一部の人は一過性で(流行として消費して)終わってる人もいるだろうし、過激な方向に行ってしまう人も出てくると思う。


2、3年経ってからが反原発の本気度が試されると思うんだな。
ブレることは悪いことでもなんでもないと思うし、自分と対峙して柔らかい考え方で地に足の着いた反原発のできる人がたくさん残っていれば原発は無くなるよ・・・きっと。
2012/05/28

Déjà-vu

敗戦からまもなく、突如として「戦争は軍が勝手に引き起こしたことだ」といった言論がぶくぶくと泡のようにふくれあがり、沸騰して蒸気となって日本中に拡散していきます。

毎日新聞記者だった森正蔵さんが書いた「旋風二十年」という本がベストセラーになりました。
なぜ戦争が起きたのかという軍部の裏面史を初めてあばいたこの本は、そういう空気を後押しするのに十分な爆発力を持っていました。

「やっぱり俺たちは悪くなかったんだ」
「私たちはだまされていたんだ」
「心ある国民はずっと戦争には反対だったのに、みんな軍が悪い」

そんなふうにして、戦争の責任はすべて軍に負わせられていきます。



いっぽうで敗戦の直後に首相に就任した東久邇宮稔彦王は、「一億総懺悔」をとなえました。
国会でこんな意味のことを語ったのです。

「敗戦の理由はひとつではありません。
前線も銃後も、軍隊も官僚も一般国民も、すべての国民がみなで静かに反省しなければならないのです。
私たちはいまこそみんなで懺悔し、神のまえで心を洗い清め、過去を将来への教訓として、心を新たにしましょう」

これにはみんなが怒りあきれました。
「どうして国民みんなで懺悔しなければならないんですか」
「戦争を決断したのは政府じゃないですか。なぜ僕らの連帯責任に?」
そう、たしかに東久邇宮首相はたいへんに軽率だったといえるでしょう。
何しろこの発言は九月五日。
敗戦の日からまだ三週間しか経っていなかったのですから。
なぜ戦争に負けたのか。それがまだまったく検証されていないのに、「皆で総懺悔しましょう」なんて。
いきなり「国民全員の責任です」だなんて、あまりにも軽い発言だったと言われてもしかたなかったと思います。

政治家たちが自分たちの責任から逃れるために言っている方便だ、と批判されるのは当然です。

でも本当にそうやって「おまえらの責任だ」と非難するだけで良かったのでしょうか?

責任を問うこと。
責任を負うこと。

「みんなが悪いんです。みんなで責任を取りましょう」という言葉。
「私が悪いんじゃありません。悪いのは軍部や政治家です」という言葉。

振り返れば、どちらも無責任だったのではないでしょうか。

本当は、だれにでも責任はある。
でもその責任は多様。

すべての人が同じ責任を持っているわけじゃないけど、でもだからといってすべての責任を少数の人に押しつけるのも間違っている。


とてもシンプルな話ではないでしょうか。

僕らの神話が終わった日
─ そして希望の物語が始まる » Chapter7





佐々木俊尚さんは『「当事者」の時代』の中でも『旋風二十年』という本について触れ、同じようなことを言っている。

今の「政府が、電力会社が悪いんだ」と言い責任をわかりやすい<悪>に押し付け、免罪符を得るような状況ってのは戦後と似たような所があると思う。

“ 一億総懺悔”をとなえるのもおかしなことかもしれないけれど、チェルノブイリを見てきた世代の人間までもが非難しているのははっきりいって不快。
2012/05/26

もううんざりだ

ツイッターをしていた頃、ある福島の方と相互フォローをしていた。

ツイッターを離れた後、彼が自分なんかのことを気に留めていてくれた。
自分がTumblrをやっていたことを覚えていてくれたらしく、Tumblrでフォローしてくれた。

彼のTumblrを開くと、自分へのメッセージがあった。


下のブログの投稿は自分がツイッターを離れた理由を自分の中で整理するための投稿であり、同時に彼にそれを伝えるためのものだった。

道化の華: <ハイコンテキスト>と<ムラ>性

読んでもらうと解ると思うけど、これは別に反原発派だけを批判しているわけではない。

周りが見えなくなっている<一部のおかしな方向>に突っ走っている反原発派、そしてそうした一部の反原発派を批判する方々の中にも<同じようにおかしな方向>に突っ走っている方々がいることに疑問を感じ、
同時に自分に対しても「そういうお前はどうなんだ?」と自分に対して反省を促し、これからも自分の立ち位置を度々確認する必要があるぞ、というような内容だった(と思う)。



Bloggerで自分をフォローしてくれている人がいた。
元々はカッコいいバイクを造っていて、それで自分からフォローしていた。
しかしながら、その人は自分の中で「一部のおかしな反原発派」に見えてしまったので、フォローを止めていた。
さっき何の気なしに読んでみた。


この投稿はきっと自分のブログへの返答に当たるものなんだろうな。

大神戸共榮圈: フクシマ論と原発村

この投稿で開沼博さんの『「フクシマ」論』をあからさまに馬鹿にしている。

この人は『「フクシマ」論』を読んですらいないのに馬鹿にしているんだろうな。
『「フクシマ」論』が提起している問題を理解していないのだから。


きっと原発立地地域は<完全な悪>であり、きっと原発立地地域の過去を遡り、歴史的な背景を知り、どうすれば原発立地地域が良い脱原発が出来るのだろうか?と考える人間は「原発ムラ」側の人間であり<悪>であると決め付けているのだろう。

自分が勝手に決めた<完全な悪>に対して批判とすら呼べないようなただの誹謗中傷だけしているのは楽だ。
自分が<完全な善>になることができるから。



自分のブログに書いたことは「こういうこと」がおかしいのでは?と言ったつもりだったのだけれど。

正直、自分より一回りは離れているオトナがこういう考え方をしているのはゾッとする・・・。



これを読んで大神戸共榮圈さんをブロックした。
だから氏がこの投稿を読むことは無いだろう。

要は陰口だ。
これは自分が批判しなきゃいけない類の卑怯な行為なのはわかっている。

こういう言い争いのようなものを散々ツイッター上で見てきて、もういい加減うんざりしているんだ。
卑怯でも、くだらないことを繰り返すより幾分かはましじゃないか。
2012/05/02

<ハイコンテキスト>と<ムラ>性

えぇ~っと・・・ツイッターを離れた理由・・・。
自分を含む原発を取り巻く状況にうんざりしてきたからかな・・・。



コンテキストは文脈や背景事情であり、コミュニケーションの背景にある言語や共通認識、価値観、論理といったもののことを指している。

ハイコンテキストというのは、他者とコミュニケーションをする際に、きわめて高度で濃密な文脈や背景事情をお互いに共有しているという意味だ。


…しかし日本では、言葉だけでは伝わらないが、その言葉をどういう空間がくるんでいるのかというコンテキストまでを含めて理解していればきちんと伝わる。

それがハイコンテキスト、コンテキスト依存ということだ。

このようなハイコンテキスト文化が形成されてきた背景には日本社会特有の「ムラ」性がある


…あまりにもハイコンテキストに慣れてしまい、その空気感を心地よいものであると感じるわれわれ日本人は、どんな共同体にもハイコンテキストを求めてしまうのである




佐々木俊尚さんの『「当事者」の時代』。


まだ半分ほどしか読んでないんだけれど、途中で出てきた<ハイコンテキスト>と<ムラ>性という言葉を頭の中で何度も反芻している。

もうグッチャグチャになるほど噛んでは飲んで戻して・・・。



ネット上で原発に対して同じ立場を取っている人たちは悲しいかな、同じソースを見ている人が多い。
その立場の急先鋒である人のブログだったり呟きだったり。もちろんそういうのを気にせずに<自分>の考えだけでやっている人もいるけど。

<ハイコンテキスト>と呼ぶには浅いかもしれない。
福島での原発事故から1年ちょっとと時間的にも浅いかもしれない。

でもどの立場にせよ、同じ情報・空気を共有していて閉鎖的で排他的な<ムラ>性を帯びているように感じる。
急先鋒にある人ではなく普通にブログやツイッターなどのソーシャルメディアを使っている人たちに対して。

「反原発は<ネトウヨ>みたいだ。」
「反・反原発は<ネトウヨ>みたいだ。」
というような表現をツイッターで見かけることがあったけど、どちらにも<ネトウヨ>化しているような人たちはいる。



反原発派の方にも福島を悪く言うような人を嫌っている方もいる。
「何Bqが~」「何Svが~」なんていう付け焼刃の科学的知識を振り回す人を嫌っている反原発の方もいる。

でもあまり関心のない方が外側から見ると同じに見えてしまう。

閉鎖的に。
排他的に。

ツイッターやブログなどのソーシャルメディアは物理的には外に開かれている。
それでも関心のない方には<ムラ>的に見える。
デモを行ったり現実にアクションを起こしていても。




それはもちろん自分にも言えること。
自分の場合は開沼博さんの『「フクシマ」論』を読み、「原発立地地域」のことを考えている。

福井ってなんだ ―嶺北と嶺南とか―
福井の原発 ―成り立ち・これまで―

ツイッターは離れたけど、敢えてこれらのまとめだけは残しておいた。


「原発立地地域」という<コンテキスト>を通じて自分も閉鎖的で排他的な<ムラ>性を帯びていると感じてきた。

大飯原発の再稼動を巡るツイッター上での意見を見ていてそれらの意見に苛立っている自分に嫌悪感を抱いてきた。



自らを「絶対的な正義」だと思い込んでしまうのは危うい。

自分の嫌悪している人たちが実は自分の鏡ではないのか、外から見ると自分達も同じように見えているのではないのか。

常に出来るだけ自分を客観視し、自己批判していく。おかしかったら修正していく。


言葉にすると簡単に見えるけど、これが難しい。
2012/02/16

敦賀半島

まず始めに。

自分は脱原発を望んでいますが、
開沼博さんが『「フクシマ」論』の中で述べられている
原発立地地域、地方、そして日本への問題意識に深く共感しており、
これから書き綴る文章は立地地域に理解を示さない方にとっては
<維持派>のようにも感じるかもしれません。



原発について書かれている色んな本や雑誌、記事なんかを読んで
なんとなく「原発見に行ってみよう」と思って敦賀原発の近くまで行ってきた。



305号線。





ここはまだ福井市。
福井駅からだとだいたい20数kmくらいかな?

別に写真を撮る必要も無かったんだけど、
こうやって改めて見るとやっぱりすごい田舎。



次、南越前町の河野。





近くに住む無職男性(65)は
「原発建設のときに反対したが、いま対岸は発展しとる。
事故は不安やけど、ここを離れるわけにはいかんし」
とつぶやいた。

対岸の原発「恩恵なく危険だけ」 旧河野村、海挟み8キロ :福井新聞


実際に見た感想は、そんなにさびれてるかな?だった。
ばあちゃんの家が三国の海の前にあるからだろうか。
裏側の通りとかはそんなに大差は無いように感じた。

しかし、ここで生活しているわけではないので
実際に生活する上での不便さはわからない。
長年ここに住んでいると、過疎、高齢化を切に感じるのかもしれない。



はい、敦賀原発。





敦賀半島に入るとグニャグニャと蛇行する山道がひたすら続く。
いくつかの民宿も目に入ってきた。

敦賀原発周辺に近づくと何故か緊張してきた。
(原発施設には入るわけでもないのに)

写真の原子炉建屋の右の建物はタービン建屋なのかな?
何の作業をしているのかはわからないけど、
ヘルメットを被り、作業着を着ている方々も20人ほど見かけた。





帰り道、コンビニに寄った。
コンビニと言っても全国展開しているような24時間営業のお店ではない。
写真は駐車場から撮ったもので左に見えるのは民宿。

店の前で上下スウェットで金髪の女の子が
傍らにいる黒猫を撫でながら座っていた。
(ヤンキーという感じではなく柔らかい雰囲気を持つ女の子だった)

その女の子は店員さんだった。
店内は普通のコンビニの半分にも満たないくらいの広さだった。
とりあえず煙草とお茶だけ買って店を出た。



車の中で
「あのお店は民宿を経営している方が経営しているお店なのだろうか
それとも漁業を営んでいる方が経営しているのだろうか。」
などとと考えていた。





この地図上の赤い丸はコンビニ。
おそらく大手のコンビニだろう。
敦賀半島には1件も無い。



敦賀市の中心部から約15キロ、敦賀半島の先端に位置する敦賀市立石区。
原発が立地する以前は、市街地に向かおうにも道路が未整備で、
住民は交通手段を船に頼っていた。
「昔はほんまの陸の孤島やった」。
当時を知る浜上秋良さん(92)はこう振り返る。

「陸の孤島」脱したい :福井新聞

どんなに変わったのだろうかと少し期待を持っていたのだが、
行ってきて感じたことは、いまだに「陸の孤島」だということ。

民宿がいくつか見えたけど
自分が海水浴に行くとしたらわざわざここに行くだろうか?
やはりこの辺のお客さんは「原発の作業員」の方なのではないだろうか?

民宿、定検作業員頼み ホテル進出に危機感 :福井新聞

原発停止で「売り上げ減」 嶺南168社調査、業種幅広く :福井新聞



原発が今すぐ無くなっても
敦賀市は最悪でも夕張市くらいになるだけかもしれないが、
敦賀半島の先端に位置する地域はそれだけで済むのだろうか?

都市を強者とすると地方は弱者かもしれない。
この地域はその中でもさらに弱い立場なんじゃないか?

軽々しく「町おこしをすればいい」と口にする人間がいるが、
ここを実際に見て、それでも軽々しく言えるのかは疑問。



これはきっと原発問題では無いんだ。
しかし原発に翻弄されてしまう問題なんだ。

原発だけに囚われてしまうと、脱原発を達成した後に
原発に関係の無い問題を抱えた地域は無視されかねない。
根底に通じるおかしな構造が変わらなければ本当の解決は無い。
2012/02/15
2012/02/03
2011/09/24

原発半島

ちと走ってきた。



もんじゅや敦賀原発のある敦賀半島から
直線距離で約10kmの場所にあるコンビニ。
海の向こうに見えるのが敦賀半島。

段階的脱原発派のオレでも
もんじゅ(を含む核燃料サイクル)や
オンボロ敦賀原発(を含む老朽化した原発)は

(゚⊿゚)イラネ



2011/06/26

DELTAFORCE



金沢にある車屋さんです



Nice!さん製作のPan



≫DELTAFORCE≪
2011/04/16

4/16 2011



天気よかったっす




珈琲&しがれっつ