FivE5 で、初めてタイラさんのトラ見た!
自分のXSにFivE5にあったヴィンテージのシートを置いてみて、シートカウルをフォトショでペイント。
うぅ~ん・・・タンクが小さいけど、それでもいい感じかな?
佐賀県東松浦郡玄海町で14日、福岡、佐賀、長崎3県の小学生のサッカー大会が開幕した。
玄海原発の長期停止で原発作業者の宿泊が激減している旅館の助けになればと、隣町のチーム関係者が宿泊付きの大会を初めて企画、町の旅館組合も食事や料金を工夫して呼応した。
地域の支援を受けながら、「脱原発依存」の取り組みが始まった。
町には15軒の宿泊施設があるが、宿泊の大半は原発の定期検査に来る技術者たち。これから1年以上定検はなく、今は「宿泊が1日数人というところも少なくない」(小豆朋行・町旅館組合組合長)。
原発関係以外の需要開拓が課題で、スポーツ合宿の誘致などに取り組む予定だった。
こうした状況を聞いた唐津市肥前町の少年サッカーチーム「肥前FCジュニア」のコーチ寺田香一さん(40)が大会開催を思いつき、5月下旬に、旅館組合に協力を持ちかけた。
「とてもありがたかった」と小豆組合長。
「このチャンスを何とか形にしたい」と、宿泊料金を通常より2千円安い1泊3550円(2食付き)に抑えて実現した。
収益は期待できないが、「身を切る覚悟で動かないと先に進まない」と5軒が応じた。
子ども向けの料理を全旅館共通で提供することで食材の調達費を抑え、昼食の弁当は同じように作業者減少で苦しむ地元の仕出し業者に依頼。
宿泊者の需要を見越して、近くのコンビニには営業時間の延長も呼び掛けた。
大会は14、15、21、22日の4日間で、3県の48チームが参加する。
保護者を含めて千人以上が訪れ、このうち約230人が宿泊する予定。
14日は、選手や監督ら125人が宿泊した。
長崎県の指導者は「旅館の人が笑顔で温かく迎えてくれ、食事も食べきれないくらい。
寝食を共にすることで子どもたちの学びの場にもなる」と喜んだ。
町の旅館はトイレや風呂の共用が多く、観光客誘致への切り替えは難しい。
需要開拓の一策として考えていたスポーツ合宿誘致に加え、大会誘致という新たな手法で第一歩を踏み出す形になった。
「玄海町には素晴らしいグラウンドと施設がある。うまく活用すれば、可能性は広がる」と寺田さん。
小豆組合長は「40年近く原発と共存してきたので『脱依存』は簡単ではないが、子どもたちの笑顔が元気をくれる。小さな一歩でも、前を向いて知恵を出そうという気運につなげていきたい」と話す。
敗戦からまもなく、突如として「戦争は軍が勝手に引き起こしたことだ」といった言論がぶくぶくと泡のようにふくれあがり、沸騰して蒸気となって日本中に拡散していきます。
毎日新聞記者だった森正蔵さんが書いた「旋風二十年」という本がベストセラーになりました。
なぜ戦争が起きたのかという軍部の裏面史を初めてあばいたこの本は、そういう空気を後押しするのに十分な爆発力を持っていました。
「やっぱり俺たちは悪くなかったんだ」
「私たちはだまされていたんだ」
「心ある国民はずっと戦争には反対だったのに、みんな軍が悪い」
そんなふうにして、戦争の責任はすべて軍に負わせられていきます。
いっぽうで敗戦の直後に首相に就任した東久邇宮稔彦王は、「一億総懺悔」をとなえました。
国会でこんな意味のことを語ったのです。
「敗戦の理由はひとつではありません。
前線も銃後も、軍隊も官僚も一般国民も、すべての国民がみなで静かに反省しなければならないのです。
私たちはいまこそみんなで懺悔し、神のまえで心を洗い清め、過去を将来への教訓として、心を新たにしましょう」
これにはみんなが怒りあきれました。
「どうして国民みんなで懺悔しなければならないんですか」
「戦争を決断したのは政府じゃないですか。なぜ僕らの連帯責任に?」
そう、たしかに東久邇宮首相はたいへんに軽率だったといえるでしょう。
何しろこの発言は九月五日。
敗戦の日からまだ三週間しか経っていなかったのですから。
なぜ戦争に負けたのか。それがまだまったく検証されていないのに、「皆で総懺悔しましょう」なんて。
いきなり「国民全員の責任です」だなんて、あまりにも軽い発言だったと言われてもしかたなかったと思います。
政治家たちが自分たちの責任から逃れるために言っている方便だ、と批判されるのは当然です。
でも本当にそうやって「おまえらの責任だ」と非難するだけで良かったのでしょうか?
責任を問うこと。
責任を負うこと。
「みんなが悪いんです。みんなで責任を取りましょう」という言葉。
「私が悪いんじゃありません。悪いのは軍部や政治家です」という言葉。
振り返れば、どちらも無責任だったのではないでしょうか。
本当は、だれにでも責任はある。
でもその責任は多様。
すべての人が同じ責任を持っているわけじゃないけど、でもだからといってすべての責任を少数の人に押しつけるのも間違っている。
とてもシンプルな話ではないでしょうか。
コンテキストは文脈や背景事情であり、コミュニケーションの背景にある言語や共通認識、価値観、論理といったもののことを指している。
ハイコンテキストというのは、他者とコミュニケーションをする際に、きわめて高度で濃密な文脈や背景事情をお互いに共有しているという意味だ。
…しかし日本では、言葉だけでは伝わらないが、その言葉をどういう空間がくるんでいるのかというコンテキストまでを含めて理解していればきちんと伝わる。
それがハイコンテキスト、コンテキスト依存ということだ。
このようなハイコンテキスト文化が形成されてきた背景には日本社会特有の「ムラ」性がある
…あまりにもハイコンテキストに慣れてしまい、その空気感を心地よいものであると感じるわれわれ日本人は、どんな共同体にもハイコンテキストを求めてしまうのである





近くに住む無職男性(65)は
「原発建設のときに反対したが、いま対岸は発展しとる。
事故は不安やけど、ここを離れるわけにはいかんし」
とつぶやいた。




敦賀市の中心部から約15キロ、敦賀半島の先端に位置する敦賀市立石区。
原発が立地する以前は、市街地に向かおうにも道路が未整備で、
住民は交通手段を船に頼っていた。
「昔はほんまの陸の孤島やった」。
当時を知る浜上秋良さん(92)はこう振り返る。
